カニサイクル/『カニクリームコロッケ』

 とにかくカニクリームコロッケの偽物には注意してもらいたい。カニクリームコロッケとは、黄金色の衣に包まれ、赤珊瑚のような華美なハサミを角のように突き出した、見るに見事なプロポーションを保った楕円型の揚げ物のことだ。俵型をした、ハサミのないみすぼらしい同ネームの模造品には、注意されたし。
 食べ方についてひとこと付け加えておく。男性諸君は手に持って食しても大いに構わないが、女性諸君は上品に、出来ればナイフとフォークを使って食してもらいたい。女性諸君は甚だ面倒だと思うかも知れないが、カニクリームコロッケには危険が潜んでいるから仕方がない。また勿論、男性諸君もナイフとフォークを使って食しても構わない。
 もしもカニクリームコロッケを手掴みで口に運ぶ派ならば、以下の二点に留意してもらいたい。すなわち、内部に秘められた殻の形状を確認する前にかぶりつくのは、危険だということだ(特にたらば蟹の棘は危険だ!)。それから、フィンガーボールが出されるような鷹揚なレストランで食すならば、フィンガーボールの中身を誤って飲まないようにすることにもご留意いただきたい。カニクリームコロッケ及び、その他周辺の食べ物も上品に食す皆様方には関係のない話だが、カニクリームコロッケによる口腔内及び口唇の裂傷事故が年々増加の傾向を辿っていると聞いている。以上のことはごく基本的な事項としてくれぐれも注意してもらいたい。
 それにしても想像してもらいたい。カニクリームコロッケがコートドールの黄金色の丘の上を飛び立ち、太平洋を横断しながら、あなたの部屋の電灯の周りを飛ぶまでに成長する姿を。そして、ドアノブを開けようとしたならば、そのドアノブのところにハサミでくいついている、カニクリームコロッケのかわいげな姿を。ときおり彼らは天井の隅の方に好んで突き刺さり、夜中に冷蔵庫を飛び出し、長さの違うハサミで、歩き出すこともある。
 しかし、そんなカニクリームコロッケの生態よりも、もっとぼくが不思議だと思うのは、カニクリームコロッケの絶対数が多過ぎるというところなのだ。世の中どこにいってもカニクリームコロッケぐらいある。──ぼくはここで、なにも世の中のカニクリームコロッケの数を削減し、より純粋なカニクリームコロッケによるカニクリームコロッケの為の、カニクリームコロッケな独裁政治を推し進めろなどとは思っていない。(すごく魅力的だが!)ただ世の中に流布しているカニクリームコロッケの数が、如何にも不自然に多すぎると指摘したいのだ。
 さて、カニクリームコロッケの形状を思い出していただきたい。その特色あるハサミは、紛れもなくカニのハサミに違いない。ぼくの記憶に間違いがなければ、カニという甲殻類には二本しかハサミはついていない。カニだって年々漁獲量は減る一方だ。そのすべてがカニクリームコロッケになる為に収穫されているわけではない。
 諸君! その割に世の中のカニクリームコロッケの数は多すぎると思わないか?
 ぼくはその謎に気付いてから、ぼくが食べたカニのハサミをその場で残して帰ることに罪悪感をおぼえる。なんとも苦しいことなのだ。いや、そもそもなにもぼくが罪悪感をおぼえることではないのだ。だが、それでもぼくは悪いと思う。世の中どこも彼処もリサイクルブームなのだ。省資源化が善なのであるけれど、やはり誰だって、ひとが食べ終えたあとのカニのハサミを使ったカニクリームコロッケなど食べたくないのだ。
 ぼくはそれだから、カニクリームコロッケを食べたあとには、こっそりと、その食べ終えたハサミを持って帰ることにしている。ばれないように胸ポケットなどにボールペンの変わりとして刺して持ち帰ったり、同伴の女性がいるなら、髪飾りとして持って帰ることにしている。立つ鳥跡を濁さずなのだ。後人のことも考えるのが外食においてのマナーなのである。
 さて持って帰ったハサミは鉛筆立てにおいたり、サイドボードの上に置いておくなどすると、咄嗟の時にすぐに手に取れて、これが割かしよいのである。