朝御飯

飽きないで、ずっとおなじものばかりを欲しがるから、中毒なんだよ。つい先日Kさんがそう言って、煙草の自販売機の売り切れの文字を見て、毒づいていたのだけれど、今朝Mくんの家で、朝食をいただいているときに、ふと、それを思い出した。右手に持っていた箸をご飯茶碗の上にそっと置いて、それからおもむろに腕組みをして、片手をほどいて緑茶のはいった湯飲み持った。昨日は酔ってMくんの家に泊まった。散々迷惑を掛けた筈だけれど、朝から奥さんは機嫌が良くて、蜆のみそ汁なんかを出してくれていた。二日酔いにいいからといって、それと納豆なんかもテーブルに並べてくれていた。隣でMくんは赤紫色の漬け物をぽりぽりと囓り、それを咀嚼しながらどこか遠くの方を見つめて、思い出したようにまた白いご飯を食べていた。毎日毎日白いご飯ばかりで、どうして誰も飽きたりしないのだろうか。と、ぼくは思った。昨夜はかなり飲んだはずなのに、不思議と二日酔いではなかった。ただどうしてか、それまで忘れていたはずの、ずっと昔の自分が酔ったときの狂態などが茶を啜りながら思い浮かんで、居ても立ってもいられないような気分になった。うなり声を上げて走り回りたいような、誰かに謝りたいような気分だった。
 お茶ばかりを飲むものだから、気使った奥さんが、鰺の干物や煮付けの入った皿を傍に置いてくれたりしたのだけれど、悪い悪いと思いつつも、どうしても食欲が沸かず、はじめは薦めていた、溶いた納豆のお椀を、今度は、匂いだけで苦手のひといるからね、と言って、ぼくから遠ざけたりしてくれたのだけれど、やはり、ぼくは湯飲みからお茶ばかりを啜っていた。思い出したわけでも、すっかりと忘れていたわけでもないのだけれど、帰り際にMくんに言われて、はっとして、懐妊のお祝いをあらためて奥さんに言った。それからタクシーに乗った。昨日はMくんと飲んでいて、途中その話しを聴かされて、酔った勢いでMくんの家に、お邪魔したのである。なんだか帰りのタクシーのなかで、ぼくは、ずっと、恥ずかしかった。