今年一年お世話になった音楽たち

 今年よく聞いたCDアルバムたち。去年から持ち越しのものもあるし、数年間飽きずに聞いているのもあるし、今年買ったものもあった。音楽を選択するさいに絶対的な影響をもたらすものは、いい加減なようだがそのときのぼくの気分で、似たような気持ちのときに、おなじ曲をぼくは大抵聴いているのであった。

イフ・ドリームス・カム・トゥルー

イフ・ドリームス・カム・トゥルー

 
去年の末に発売されすぐに購入したものを、今年聴きまくった。おそらくぼくが今年一番よく掛けたCDアルバムではなかろうか。ヒギンスは以前からファンなのだけれど、アルバムを出すたびに方向性が確固としたものになっていく。いや方向性というよりも音楽そのものが硬質になり引き締まっていく。新人とか若手ならば、ここで迷いがなくなっていくとか、自分の音楽を手に入れたなどと形容するが、ヒギンズは1932年生まれで、ベテラン中のベテランなのだ。悟りの境地というか、深みが増していくのだ。ヒギンズはひとによっては”かたさ”を、堅実さと捉え、それをつまらないと見る向きがあるかも知れないが、ぼくにとってはその堅実さこそが、ヒギンズのおもしろみであり、よさなのだ。彼がはじめて演奏し、それをはじめて聴くにも関わらず、彼は曲をどのように高め、5秒後にはどのように繋げているのか、そして最終的にどのようにして曲を終わらせるのか、それが──あまりよい聴き手ではない(そんなにJAZZにどっぷりと漬かっていない)──ぼくにもどうしてか手に取るようにわかるのだ。それはJAZZの理論がどうとかいうわけではなく、大仰な言い方をすれば、ジャンルを超えた、音楽としての根源的な部分で、いかように盛りあがり、いかようにそれを纏めていくのか、その駆け引きみたいなものにヒギンズは間違いや迷いがないのだ。ようするにヒギンズはもっとも有り様な形で曲を弾きはじめ、もっともベストな形ですべての曲を弾き終えるのではないか。そこには、はっとするような驚きや、飛躍や、ダイナミズムはないけれど、JAZZでいうところのスイングがないわけではなく、同時に退屈ということでもない。そこにはヒギンズ独自の繊細さがあったり、始終身体を揺さぶるリズムがあったり、一緒に滑走していく心地よさがあったり、ちょっとしたユーモアもある。そしてそのリズムがヒギンズの場合なんとも安定していていつ聴いても心地よいのだ。安定といってもゆったりとか、スローとか、矮小という意味ではなく、いつ聴いてもこちらの期待を裏切らず、安心して体を委ねられる心地良さがヒギンズのとりわけこのCDにはあるのだった。
以下余談だけど、ぼくがJAZZをあまり聴かないひとにお勧めを尋ねられ、そのとき必ずすすめるCDがヒギンズで、それが以前まではこの前に発売されていた『BEWITCHED』だったのだけれど、いまはこちらをすすめている……。けれど、BEWITCHEDの方は超メジャーな曲ばかりなので……、かといってこちらが聞きにくいとか、とっつきにくいとか、有名ではないというわけではなくて……、ということで、「とにかく二枚買え!」とぼくは大概いってしまうのだ。
http://www.venusrecord.com/recent/2004.html (ナント!視聴できるみたい!)

ドヴォルザーク:チェロ協奏曲

ドヴォルザーク:チェロ協奏曲


”入魂”とか”渾身”の演奏。そう聞いただけで胡散臭いのだけれど、そして、こう書いただけで恥ずかしいのだけれど、それでもこのデュプレの演奏を言い表わすと、やはり魂がはいった演奏というやつなのだ。旦那(元)であるバレンボイムの力みかえった挙げ句に、所々ちょっとはずしちゃってるような指揮さばきと、シカゴ響のどうしようもないくらいの抜けの悪さは、序奏部分から耳についてどうしようもないのだけれど、ひとたびデュプレの演奏がはじまれば、そんなものはいつでもどうでもよくなってしまうのだ。そこにはなにかがこもっているとか、なにかを燃焼させているとか、なにかを顕在させているとか、彼女の運命を知っている未来から一方的に見下ろして語るようで、なんだけれども、ぼくはなにかを感じられずにはいられない。不謹慎ではあるが、こんな弾き方をしていたら早死にしてしまうよな、というような、他に言い難いような理解を聴くたびに得る。そしてそんな演奏なのだから、勿論聴いているこちらも疲れる。そしてそんな演奏はこちらの体力的精神的な面から昔から滅多に聴こうという気は起きないのだけれど(演奏が悪いというわけではなく、その逆)、あまり好きな言葉ではないけれど──人生の要所要所とか、若しくは生きていく上での節目なようなところでぼくはこのCDをプレイヤーにセットしじっと35分間のあいだ耳を澄ましてみたくなる。
以下余談だけれど、デュプレはバロック時代のマイナー作曲家『モン』のチェロ協奏曲を演奏していて(『ジャクリーヌ・デュ・プレの芸術』というCDにはいっている)、彼女の他に演奏している録音をあまり見たことがない。ぼくはこのチョロ協奏曲がすごく好きで、聴くたびにどうしてか本当に胸が痛くなってくるのだった。すごい良い曲だと思うのだけどもっと色んな人が他にも演奏してくれんかな。<たぶんその2へ続く>