昨夜のゴミと今朝のゴミ

 昨晩唐突に部屋の中で目に付く余分なものが気に掛かりはじめた。空のワインボトルや古い携帯電話。それからその充電器や、今更やることのないプレイステーション。壊れたビデオデッキがクローゼットのなかにしまってあるのも思い出し、本棚の隅に栞が無造作に置いてあるのも発見した。立ち上がって栞を手に取ると、イルカの形をした栓抜きが、台所の引き出しの奥にあることも不意に思い出した。とても使いにくい栓抜きだった。変わりになる普通の栓抜きをふたつも持っていた。
 ダンボールを開けると、なかに発泡スチロールが入ったままだった。用意したビニール袋にカッターナイフで切り分けていれ、石油ファンヒーターと液晶ディスプレイの空き箱に不必要なものを分別してくことにした。ワインボトルだけはゴミの系統が異なるようだから、しばらく逡巡したけれども、幾ら鮮烈に記憶に残った味だとはいえ、空になったボトルをそのまま窓枠の上に置いておくのは、なんだか卑しいような気がした。ムートン’90の瓶がいちばんのお気に入りで、三年前知人とふたりで飲んだのだった。幾つか肩を並べた空き瓶を見ていると、なんだか長いこと、さもしいことをしてしいたような気持になってくるのだった。
 片付けはじめると次から次へと余分なものが目に付いた。落葉のかたまりのように、かさかさとだらだらと際限なく色んな似たような種類のものが家に存在することが思い出され、結局オイルヒーターが入ったダンボール箱も空にして、ようやく家の中が片付きはじめたのだった。頭の形状が違うネジや、砂消しゴム、いまは家にないアイロンの保証書や、木工用ボンド。どこで使用して、どこから持ってきたのかよく思い出せない小物を纏めていると、自宅の電話が鳴った。
 出ると相手はKさんで、いまからこれない? という。いまから? と訊くと、めし、めし。少し遅いくらいの方がいいかも。というので、少ししたら行く。とぼくはいった。片付けることに飽きていたのか、受話器を置くと、続きはまた明日でもいいように思えた。
 早かったね。というので、風呂はいって着替えて歯磨いてきただけだからと応えた。「また出はじめた」というので、隣に坐ってKさんの台を眺めていた。プリペイドカードを渡され「どこかで打ってきて」といわれた。そもそもぼく、パチンコはあまり好きでない。眼押しというやつも出来ないから、スロットは悪いと思って、適当に両側があいている台を探して坐った。打ち始めるとすぐに、ぼくの台も出始めたのだった。よくわからないとはいえ、主人公のルパン三世の液晶が揃ったので、これから幾らかまとまって出ることはわかった。ただそれでも、満杯になった箱が足下に幾つか積み重ねってきても、やはりパチンコが楽しいとはぼくには思えないのだった。おそらく原因は煙草臭いとか、音がうるさいとか、時折知らない隣の人に突然話しかけられたりするようなことがあるからなのだろうけれども、それ以上に、自分の力加減や技術とはまったく別に、球が出たりでなかったり、そういった自分の力量とは離れたところで、是非が決まってしまうようなことが、ぼくにはうまく合点がいかないのだった。そういうものに期待したり、それを裏切られたりして、そのたびに一喜一憂するのは、なんだかとても疲れるような気がぼくにはするのだった。結局ぼくの台は一時間近くで、二万円近くの勝ち分を得た。
 好きなものでいいよ。総合するとその何倍も勝ったらしいKさんは機嫌良さそうにいった。迷うということも特になく、また特別食べたいということでもなかったけれど、その店の二階にある焼き肉屋に行くことにした。食べている最中も機嫌がいいのは変わらずで、このあとどこか行く? というので、どこに行く? と尋ねると、とりあえず着替えてくる。というので、ぼくはひとりでマッコリを飲みながら、Kさんが来るのを待った。焼いて食べた特上和牛ロースは、みょうにあぶらっこかった。

 大抵お姉さんが一緒に坐るところにKさんは行きたがるのだが、昨日はどうしてかバーに行こうといった。どこかある?と訊かれたので、まあなんとなくワインがあったほうがいいかも。というと、最近あまり顔出してないけど、というようなことをいって、普通のマンションのなかにあるバーに連れて行ってもらった。
 夫婦でやっているらしく、五十近い旦那さんがカウンターのなかに立ち、和服を着た奥さんらしきひとが、カウンターの外側に出てきて、おしぼりやお通しをだしてくれた。椅子は八つしかなく、実際には六人くらいカウンターで肩を並べれば細長い店内が一杯になるような店だった。客はぼくとKさんしかいなかった。
 ワインリストをKさんが頼むと、ワインリストもしっかりと出てきて、どれでも好きなの飲みなよ。とはいうものの、さすがにマルゴーやラトゥールを頼むのは憚られ、無難にかわいくカロンセギュール’00にして、あとでローランペリエをグラスで出してくれるというので、それをミモザキールロワイヤルにして飲んだ。飲んでいると思い出したのか、待っていのたか、Kさんは唐突に、次に行こう、といった。店からタクシーを呼んだ。結局は女の子が正面にふたり座る店に連れて行かれたのだった。
 女の子の店でなにを喋ったのか、ほとんど記憶がない。ただぼくはしきりに、オットセイは両生類だということを語った記憶だけがあるだけなのだった。なにがどうなってそのような話しをしていたのか、まったくわからないのだが、思い出すと不自然なほどぼくは恥ずかしくなるのだった。
 朝目覚めて驚いたのは、自分の家が泥棒にはいられたように殺風景になっていることで、床のうえで開かれたままのダンボールを覗き、本棚の上や窓枠についた丸い埃の跡や長細い模様を眺めていると、急に吐き気をおぼえた。ソファーの上に脱いだままになった上着のポケットを探ると、ゆかり。と書かれた名刺が出てきた。下には店の名前とボールペンの見馴れた字で、携帯電話らしき番号が書かれていた。結局Kさんは昨日幾らくらい勝ち、遣ったのか。財布のなかを見ると、ぼくの札入れのなかでは、帰りのタクシー代とおぼしき分の金額だけが減っていた。名刺は角が丸くて、ぺらぺらとしていた。