メルヴィルのうさんくささと過剰/『避雷針売り』(その1)

 その男は「すばらしい雷鳴ですな」といって訪ねてくる。外では壮大な乱れきった雷鳴が鳴り響いている。激しい雨がはやく斜めに降っている。雷は突撃する槍先のように低い、こけら葺きの屋根を打って鳴り響いている。わたしは思う、そして言う。「すばらしい? 恐ろしいの間違いでは?」見知らぬ男は小屋のぴったり真ん中に突っ立ったまま動かなくなった。また雷鳴。男の脇には奇妙な杖が垂直に立っていた。

それは長さ四フィートの磨かれた銅の棒で、銅の帯を巻いた二つの緑がかった硝子球の中に挿込むことによって、小綺麗な木の棒に縦に取り付けられていた。

 わたしは慇懃に頭を下げて言った。「かたじけなくもあの名高い神、雷鳴のジュピターが御訪問されたのでしょうか?──なにとぞへりくだって、そこの古い肘掛け椅子にお座りください。もちろんあなたさまのようなお人にとってはみすぼらしい椅子ですが」男はその場から動かない。男は言う。「そちらこそ、わたしと一緒にこの部屋の真ん中に立つ方がいいと思いますよ。ほらっ! また恐ろしくばりばりっとしたのが来たじゃないですか。ふざけている場合じゃないんです。あなたこそそこを離れて、こっちにきなさいな。あなたは知らないかもしれないが、

火照った空気と煤は伝導体なのですよ。

「ですから、さあっ──これは命令です!そこの炉辺から離れなさい」
 けれどもわたしは家のなかで誰かに命令されること馴れていない。ところで、この男はいったいなにしに来たのだろう?
男は避雷針売りだという。
そして男は言う。「そんなことよりも、ほらっ、はやくこっちに来なさい。そこは危険です!」棒は避雷針なのである。そして棒は鉄ではなく銅なのである。

鉄はたやすく溶けますからね。

いまなら避雷針が、

一フィートにつきたった一ドルです。

外では雷が鳴っている。ここに来るときに裂けた樫の木を、男は三本も見たという。「その樫の木はこの家から三分の一マイルも離れていませんでしたよ」樫の木が電気を惹きつけるのは、樹液に溶けた鉄分が含まれているからです。

お宅のこの床も樫のようですな。

「あっ、また雷が! 家、家が。さっ、さあっ、そんなところにいないで、はやくこっちに!」
 わたしが鎧戸を閉めようとすると男は言う。「ちょっ、ちょっと待ちなさい。あなたは狂ってるんですか?」あの鉄のかんぬきがすばやく電気を通すことを知らんのですか?
わたしは言う。「じゃあ、小僧に木のかんぬきを持って来させますから。そのベルの紐を引いてください」
男は言う。「あなたは気が変なのですか?」あれに触ったら爆破されかねない。雷雨の中でベル線に触ってはいけない、またどんな種類のベルを鳴らしてもいけない。
わたしは尋ねる。「では、どんな風にしていたら安全なんです?」
「電流はよく壁を走り下り、しかも人間は壁よりもいい伝導体なので、壁を離れて人間に走り入るんです。ですから、この家で安全なのは、わたしが立っているこの一点です。さあ、はやく、ここに来なさい」
「ありがとう、でもわたしは古い立場*1──炉辺を試してみましょう。それにしても避雷針売りさん、雷の相間に、どうかこの部屋がこの家でいちばん安全で、あなたの立っているところがいちばん安全だというわけを教えてくれませんか?」
「あなたの家は平屋で、屋根裏部屋と地下室があり、この部屋が真ん中にあるので、比較的安全なのです。なぜなら電火は時には雲へ移るからです。分かりますか? わたしが部屋の真ん中を選ぶのは、たとへ電化がこの家を直撃しても、煙突か壁を下るだろうからで、従って明らかにそこから離れた方がいいのです」
「ということは電化は地から雲へ関き戻ると?」
「いかにも、いわゆる返り撃ちという奴です。地に電流が充電し過ぎると、過剰な分が上へ閃くのです」
わたしは避雷針売りの男の方こそ、炉部へ来るように言う。(この部分その2の最後で言及)
「さあ、ここへ来て服を乾かしなさい」
「ここの方がいいし、濡れてた方がいいのです。なにより安全なのは、雷雨の中でずぶ濡れになることです。濡れた服は体よりもいい伝導体ですから、電火が直撃しても、体に触れずに濡れた服を走り下りるでしょう。そんなことよりも、お宅に敷物はありますか?」敷物は不導体です。ここでその上に立てるように、ひとつよこしなさい、あなたもです。空は黒くなり、真昼なのに真っ暗です。
「また雷鳴だ! はやく!敷物、敷物を!」
敷物を渡し、わたしはまた炉辺へ戻る。「ところで、雷雨の中を出歩く際の予防策というのはあるんですかね?」
「わたしは松の木、高い家、孤立した小屋、高知の牧場、走る水、牛や羊の群、人間の群れなどを避けます」なによりも背の高い人間を避けます。
「まさか、人が人を避ける? しかも危険なときに?」
「雷雨のときは背の高い人間を避けるのです。六フィートある人間の高さはその人間の上に電気雲を放電させるのに十分なものだと、あなたは知らぬほどにひどく無知なんですか?」六フィートある人間が走る水のそばに立っているならば、雲はその人間をその走る水に至る伝導体として選ぶものです。──人間はいい伝導体です。電火は人体をくまなくめぐるのに、木の場合はただ皮を剥ぐだけです。「さあ、ところで、わたしの避雷針を注文しません? いまならたった二十ドル。一フィートにつき一ドルです。あなたの名前を避雷針に書き記すことだってできますよ。さあ、小屋のなかで焼け焦げた屑肉の推積になってしまうことを考えなさいな」
 男は避雷針売りなのである
(その2へ続く:ネタバレ有り)

*1:欠点をあげつらうわけではなく、この小説内では、この「古い立場」という言葉は、あからさま過ぎるような気がする。それが逆にこの小説を狭い意味へと押し込んでしまうのだが、それは最後の一行にも散見され、全体としてこの小説が過剰に溢れていることの顕れのような気もする。しかしそれ故、この小説は傑作なのだとも思う。でも最後の一文はやはり説明し過ぎかも知れない。(人間の恐れを種に立派に商いをやっている。)という部分。