そこにある物語が切ないのではなく、博士という記号が泣けるのである/小川洋子『博士の愛した数式』

博士の愛した数式 (新潮文庫)作者: 小川洋子出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2005/11/26メディア: 文庫購入: 44人 クリック: 1,371回この商品を含むブログ (1054件) を見る 勘違いされやすいタイトルなので、先に触れておくと、博士は博士という記号であり、…

小説の精度と作者の狡さ/中上紀『ニナンサン』藤野千夜『ネバーランド』

またまた先月号の話しで恐縮なのだけれど(いつも読み終わるのが遅いのです)、新潮4月号を読み終わった。チェーホフ未邦訳短編短編が載るということで楽しみにしていたのだけれど、所謂チェホンテ時代の売文小説ばかりで少々がっかりした。それはともかく、…

絲山秋子の滑らかさ/『沖で待つ』

沖で待つ作者: 絲山秋子出版社/メーカー: 文藝春秋発売日: 2006/02/23メディア: 単行本購入: 1人 クリック: 74回この商品を含むブログ (251件) を見るある程度の物語の流れと、構造まで言及しないと、一側面でしかこの小説について書けないので、以下からネ…

綿矢りさから感じる恥ずかしさ/『You can keep it.』

インストールをようやく買って読めた。といってもタイトルの方はまだで、おまけのように付いている『You can keep it.』から読んだ。インストールのはじめの二、三ページだけを読んだのだけれど、よくこれで新人賞の予選を通過したなと思った(作品とは別の…

中村文則とコンフリクト/『世界の果て』文學界1月号より

先月号の話しで恐縮なのだけれど、文學界1月号に中村文則の小説が載っていた。芥川賞受賞第一作目ということになるのだけれど、あまりの出来に唖然とした。未知なるものに出会って嬉々とするような唖然ではなく、どこか口を開けて呆然としながら疑義とした視…

平野啓一郎の視線のまずさ/『慈善』すばる1月号より

映画を見終わってブログを書いてまだ時間があったので、ちょっと『すばる』なんて読んでみた。はじめに高瀬ちひろの受賞1作目が載っていたのだが、最後の方まで読んで結局やめてしまった。たぶんこのひと川上弘美を意識しているのだろうけれど、そこに流れる…

メルヴィルのうさんくささと過剰/『避雷針売り』(その2)

その1で極端折って避雷針売りの展開を書いたのだけれど、最後わたしは避雷針売りを家から追い出す。つまり避雷針を買うこともなく、家にも立てずに、避雷針売りはわたしの家から出て行く。日本の原稿用紙にすれば恐らく僅か三枚か四枚程度のなかでそれが描…

メルヴィルのうさんくささと過剰/『避雷針売り』(その1)

メルヴィル中短篇集 (八潮版・アメリカの文学)作者: ハーマンメルヴィル,原光出版社/メーカー: 八潮出版社発売日: 1995/12メディア: 単行本この商品を含むブログ (2件) を見る その男は「すばらしい雷鳴ですな」といって訪ねてくる。外では壮大な乱れきった雷…

保坂和志と運動会/『コーリング』

もうかなり以前のことだけれど、保坂和志の小説にぼくがはじめて触れたのが、コーリングで、ぼくはそれきり保坂和志をしばらく読まなくなった。どうしてなのかというと、コーリングという小説があまりにも小説として酷くなにかにとらわれすぎた印象に読めた…

小説としてのサルトルの小説/『部屋』(その2)

ダルベダ婦人はトルコ菓子をつまんだ。その上にふりかかっている砂糖の薄い粉を吹き飛ばさないように息をひそめて、静かに唇に近づけた。薔薇みたいな香りだわと思った。そして不透明なその肉にふいに噛みついた。口のなかが、腐ったような香りでいっぱいに…

賞と綿谷りさ/『蹴りたい背中』

長所といえば、やはりヴィジュアル。それは、まあ本当であって冗談なのだけれど、そのほかにこの年齢。これは多分、肝心な武器なのである。そのほかには、どこか醒めたように浮上してくる、鋭い御指摘の数々は実に興味深く、拝聴に値する。 部員たちはちいさ…

角田光代の小説愛/『空中庭園』

記録所 / Pulp Literatureさんを見ていて、文庫が出ていて買ったはいいが、放って置きっぱなしだったのを随分と久方ぶりに思い出した。映画化することも知らなかった。なんでも小泉今日子が主演だそうなのである。そう思ってしまうと、読んでいるときにちら…

チェーホフは懐石/『かわいい女・犬を連れた奥さん』

チェーホフはいつ読んでもおいしい。おいしいといっても、スリリングな展開に毎度のこと胸がどきどきするとか、感動が荒波のように押し寄せてくるということではない。読後にじんわりとした感慨が、染み入るように広がってくるのだ。まるでよくできた懐石料…

エイミーと弘美さん/『風味絶佳』

ぼくが読む本の総量の、女性作家と男性作家を推量で比率にしたら、だいたい1:9くらいになるのではないかと思う。なぜそうなるかというと、一冊つまみ食いしただけで、そのままその女性作家には大抵ぼくの興味がなくなってしまうからだ(作家の問題ではな…